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【全3種類】慶長大判の買取価格は?鑑定価値&査定相場《2020最新》

(画像出典:wiki「慶長大判」)

古銭というと多くの人がイメージするのが、大判や小判ではないでしょうか。この大判や小判には、実はいくつか種類があるのです。

その中でも特に買取相場が高騰しているのが慶長大判になります。慶長大判は徳川家康が製造を命じたもので、天下統一をした後に作られたものです。

この慶長大判は歴史的な価値もあるのですが、希少価値が高いことから古銭市場では強い需要があります。そんな慶長大判の買取価格について見ていきましょう。

20241027

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【全3種類】慶長大判の買取価格・鑑定価値《売買相場一覧》

慶長大判には実は3種類あります。

【全3種類】慶長大判の買取価格・価値・平均相場一覧

この3つなのですが、それぞれに買取価格の相場が異なっているのです。そのため1つずつ、どの程度の価格になるのかを確認していきましょう。

①【慶長笹書大判金】鑑定価値と買取相場価格

(画像出典:wiki「慶長大判」) 時代 1601~1695年
価値 S
相場 1,000万~2,500万円
素材 金672・銀294・雑34
画像出典 wiki「慶長大判」

慶長笹書大判金は徳川家康が命じて製造されたものです。室町時代から続く彫金師である後藤家の長乗が認めた墨書きを元にした花押が使われています。この花押が笹の葉に見えることから、笹書と呼ばれているのです。

  • 買取価格は1000万円~2500万円以上
  • 美術品としての価値もある

慶長大判の中では最も人気があり、古銭的な価値とともに美術品としての価値が認められています。そのため買取額も1000万円が最低クラスだと考えてください。

②【慶長大判金】鑑定価値と買取相場価格

(画像出典:wiki「慶長大判」) 時代 1601~1695年
価値 S
相場 500万円~1,500万円
素材 金672・銀294・雑34
画像出典  wiki「慶長大判」

慶長大判金も100年近くに渡って製造されたものです。花押や文字、裏面の刻印などに細かな違いがあり、全部で5種類が確認されています。単純に言えば、慶長笹書大判金以外のものを、慶長大判金と呼んでいると考えてください。

  • 買取価格は500万円~1500万円程度
  • 金の含有量が最も高いのは二条判
  • 種類によって品質に違いがある

慶長笹書大判金と比較すると、買取額は劣ります。ですが500万円以上で取引されるものなので、超高額の古銭だと言っても良いでしょう。

③【慶長大判金(明暦判)】鑑定価値と買取相場価格

画像なし 時代 1658~1695年
価値 S
相場 400万円~1,300万円
素材
画像出典 なし

1657年に明暦の大火が江戸で起こりました。この火事の影響は大きく、江戸城の御金蔵にまで及んだのです。その結果保管されていた慶長大判金が溶けてしまったのですが、これを鋳造しなおしたのが明暦判と呼ばれるものです。

  • 買取価格は400万円~1300万円程度
  • 同じ慶長大判金ではあっても、明暦判は別物になる
  • 京都にある大判座で鋳造されたものも明暦判に入る

明暦判は慶長大判金の中では価値がやや劣ります。それでも最低400万円程度からの取引額になるので、かなり高額の古銭だと言えるでしょう。

慶長大判とは~製造発行の背景~

(画像出典:wiki「慶長大判」)
(画像出典:wiki「慶長大判」)

では慶長大判とはどのような貨幣だったのかを考えてみます。製造されたのは慶長6年のことですから、西暦に直すと1601年です。つまり江戸幕府が興ったのと同時に、用意が進められたものだと言えるでしょう。

徳川家康が天下を統一したことを象徴する貨幣として、鋳造を命じたそうです。ただ慶長大判は流通を前提とした通貨ではありません。恩賞や贈答用として作られたものでした。1601年から1695年まで約100年間の間に渡って鋳造されています。

ちなみに発行された枚数は笹書大判金を含めて、1万6565枚という記録があるそうです。その後の明暦判も1万5080枚作られたという記録があるのですが、どこまで信用できる数字かは不明になっています。

慶長大判の”当時の価値”

外国の硬貨・紙幣

最後に慶長大判には当時でどのくらいの価値があったのかも確認します。江戸時代は金相場と銀相場の2つが用いられていました。西日本には銀の産地が多いことから銀相場が、東日本では金の産地が多いことから金相場が用いられていました。

慶長大判は流通用ではなかったのですが、市場に流れた場合は両替商で価格が決められていたそうです。当時の換算相場としては金1両が銀60匁、銅銭4000文というレートが使われていました。もちろん相場による上下はあったでしょう。

当時の価値ですが、落語のときそばが江戸時代後期の値段を教えてくれます。かけそば1杯の値段が16文ということになります。

ポイント
つまり現代的な値段にすれば1文が20円~30円程度でしょう。平均25円として4000倍の10万円が1両になるので、大判は10倍の価値があったので100万円程度だと考えて良いでしょう。

まとめ

(画像出典:wiki「慶長大判」)
(画像出典:wiki「慶長大判」)

慶長大判の買取価格についてでした。慶長大判は古銭の中でも特に買取価格が高いものの1つとして知られています。種類としては笹書き大判金、慶長大判金、明暦判の3つがあります。

それぞれに価値が異なっていて、最も高いのが笹書き大判金です。1枚で1000万円を超える買取価格になってもおかしくありません。次に慶長大判金で500万円、明暦判で400万円以上の価値になるでしょう。